1/26早朝3:30。

雪が降り出すのは夜が明けてからとの予報だったが、外に出るとすでに吹雪いている。。

これから向かう野沢温泉は、この日から大雪の予報。

果たして無事に到着できるのか。

まだ深い闇色の空気の中、ヘッドライトに群がる雪に不安が募る。

 

長野道を北上。すると小布施付近で急に渋滞が。

ノロノロ。先が全く見えない。この先やばいかも。。

ちょっと焦ったが、10分もするとそれが除雪車による渋滞だと判明。一気に雪中を加速する。

無事、豊田飯山ICで高速道路を降りる。すでに大雪が降り続いているものの、そこは流石に豪雪地帯。早朝から除雪車が縦横無尽に走行し、除雪渋滞はあるものの、通行の支障は全くない。インターを降りて30分で野沢温泉スキー場に到着した。

 

第1駐車場に車を停め、長坂ゲレンデからカンダハーコースを目指す。

リフトに乗車して右側に滑り、また次のリフトに乗り、また右へと滑り降りてゆく。

まだ早朝のゲレンデは、ほとんど誰も足を踏み入れていない白い世界!

とにかく柔らかい!滑ると膝上まで届くパウダー!

選手たちも、車山ではまず味わえない感触を心から楽しんでいる様子でした。

結局この日は1日中雪が降り続き、風も強く視界もほぼ無い悪条件。

そのため4年生以下のレースのスタート位置は、かなり下に移動して決行。大体通常のコースの半分くらいに短縮されました。

それでも視界ない悪コンディションと、車山の硬いバーンで練習する選手たちには難しい雪質。よくこのコースをそのスピードで滑れるなあと感心しますよ、ホント。

朝、駐車場に置いてきた車は、約8時間後にはこんな感じ。。

宿に戻ったら野沢の醍醐味、温泉巡りを楽しみましょう。。。

でも、その前に明日の大会に備えて。。

まず今日のワックスをはがし、ベースワックスをかけ、冷えたらはがす。

そしてその後に滑走ワックスをかける。

夜も結構やらねばならないことが多いんですよ、スキーって。

 

明けて翌日はNHK杯。選手たちは5:30には起床し、まだ真っ暗な中、そして雪の降り続く中、宿の外へ走りに行く。ストイックな生活です。

朝食を取り、宿の出発は8:30。順番としてはまず5,6年生のレースが行われる。それまでカンダハーのレースコースでウォーミングアップを繰り返す。

そして4年生以下のクラスのコースインスペクションは11:30から。

インスペクションが終了したらスタート位置へ移動。選手、コーチ、スタッフなど、人・ひと・ヒトであふれかえる。

そんな人でごった返している中、昨夜に塗った滑走ワックスをスクレーピングして馬毛ブラシを掛ける。この作業は主に選手の父兄が行うのだが、慣れない雪上での作業はなかなか難しい〜。おまけに雪が降っていたので、ワックスが削れているのか雪なのか、なんだかよく分からない状況。。

雪が降っているとは言え、昨日よりは吹雪いておらず視界もまずますということで、スタート位置は当初の予定通り。昨日より高い位置の急斜面スタートですぞ、リコマル。

昨年の野沢の大会は両日ともコースアウトして、連日大粒の涙でぐちょぐちょだったのですが、今年は両レースとも完走。悪天候と慣れない雪質でしたが、楽しく滑れたと申しておりました。いや〜、何より何より!!

 

途中でタイム計測計器の不具合があってスタートできない時間が30分くらいあったというアクシデントもあったせいで、全てのレースが終わったのはほぼ16:00。長い長い1日、いや2日間でした。

 

そして今年は神様は意地悪で、全てが終わった帰り道、一気に青空が広がったのでした。。

もう1泊してのんびりパウダーを堪能したかった。。。

来年は表彰台?なんてな。。

まあ楽しく滑りましょう!

先週の月曜日に下社の里曳きが終わり、平成28年御柱祭は終了致しました。
一方、我々の担当する上社の里曳きはGW真っ只中の5/3,4,5に行われました。

以前にも書きましたが上社の場合、山出しは約12kmという長い距離を曳行しなければなりませんが、里曳きは前宮だと1.5km、本宮でも2.5kmと曳行距離が断然短くなります。しかも長持ちや太鼓演奏などが沿道を彩り、そして道幅も広いため観光のお客様も多く、過酷な山出しとは全く異り、里曳きは優雅で華やかな印象の祭になります。

今回、原村は「本宮四」の御柱を担当したのですが、その中でも担当する持ち場が地区ごとに割り振られています。御柱に一番近い「元綱」は、メドに乗ったり左右に振ったりする曳行の中心であり、いわゆる祭の花形ではあるのですが、体力的にはかなりきついです。今回我々の地区がその「元綱」を担当したのが「山出しの木落とし前まで」の長距離区間でした。
それに対してこの里曳きで担当したのは「先綱」。こちらは平和な世界でした。。なんといっても綱を引きながら普通に会話ができます。綱の上に子供が乗って遊んでいます。場所が変わると世界が変わる。ある意味、この世の全ての縮図がここにはあるかのようです。

曳行距離は短い里曳きではありますが、その特徴、いわゆるメインイベントは最後に行われる「建御柱」です。上社の場合は本宮・前宮に各4本の柱を建てます。本宮まで曳行されてきた柱はメドを抜かれ、用意されていた穴の位置に合わせられ、そして「柱の先端を鋭くする「冠落とし」が行われます。

そして準備ができたらいよいよ建てるわけですが、この立ち上がる柱に、ものすごい数の人が奪い合うように乗るんです。このように冠落としをしている最中でも、乗るのに良いポジションを取ろうと柱の周囲は人だかり。。

乗る人員も決まったところで、いよいよ建御柱開始です!
2本のワイヤーを人力で巻き上げ、そして6方向にロープを張ってバランスを保ち、ゆっくりと建てていきます。

なんだか一瞬、芥川龍之介の世界が脳裏をかすめましたが。。

見事、建御柱完成!
そしてこの建御柱の完成を経て、山から運び出した大木は神となるわけです。


ところでこの諏訪大社本宮には本殿がありません。本殿は通常、御神体を安置する場所と考えられますが、こちらの御神体は拝殿の後ろに広がる山であり森であるそうです。
「本宮四」の御柱はこの森の中にたたずんでいます。神事である建御柱の際にはもちろん森の中に入りますが、その森が御神体であるわけですから、通常そこに簡単に立ち入ることはできません。つまり、本宮四の柱のそばに行くことは、数え7年後まで不可能ということらしいのです。せっかく建てたのに残念。。
ただその一方で「本宮四」の御柱は、拝殿などがある斎庭からその姿を見ることのできる唯一の御柱でもあるそうです。


冒頭で『平成28年御柱祭は終了』と記しましたが、実は御柱祭の各地区版である「小宮祭」がまだあります。(諏訪大社が大きな宮、つまり大宮であるのに対し、各地区での神社は小宮ということなのでしょうか。)我々の地区は9月に予定されています。小宮とは言うものの、伐採やメド作りなどの準備は諏訪大社の大祭同様に行うわけでして、人数が少なくなる分こちらの方が大変だったりして。。

ということで、まだまだ祭は続くのであります。




 
今年の「信州諏訪」と言えば。。
そう、御柱祭りです。

正式には「諏訪大社式年造営御柱大祭」というもので、数え7年に1度行われる雄大な祭りです。上社の本宮と前宮、下社の春宮と秋宮にそれぞれ4本ずつ、計16本の柱が建てられます。原村は今回「本宮四」の柱を担当することになり、先日4/2~4に山出しが行われました。

山出しとは、綱置場をスタートし途中で穴山の大曲、木落とし、そして川越しなどの難所を経て、約12kmの先の御柱小屋までを曳行することです。ただ本宮四はスタート順で言うと7番目となり、先頭の本宮一の柱より2,3kmほど後ろからのスタートなので、15kmくらいは曳行しているのではないでしょうか。体はきついです。

上社の特徴は「メド」と呼ばれるV字の角が、御柱の前後に付けられることです。ここに氏子が乗って、このメドを左右に揺らしながら進みます。道が狭いとこのメドを揺らす綱(命と呼びます)を長く広げられず、短くほぼ上下に引かなくてはならず、体がきついです。またメドに乗るのは花形であり非常に華やかですが、実際に長時間乗っていると、体はきついです。

写真は木落とし。4/4は朝から大雨でしたが、本宮四の木落としになる頃にピタッと雨が止みました。ただ、足元はドロドロの田んぼ状態でズルズルと滑る滑る。一瞬メドが倒れましたが、それでも無事に難所をクリアしました。

ちなみに木落としの場所を上から見るとこんな感じです。
こんな近くを特急あずさが通っているんですね。



こちらに移住したのが2004年7月。前々回の御柱祭の年でした。地元のケーブルテレビでは、連日大木を引っ張って練り歩く人々の姿が再放送、再々放送で映し出されていて、これはなんじゃろかと思っておりました。

富士見町から原村に移住したのが2010年3月。その1ヶ月後、土砂降りの中、自宅のすぐ近くを人が乗った大木が通って行くのを1歳のリコマルと一緒に見ていました。

そして今回、初めて氏子として祭に参加しました。
年が明けてからはそれこそ御柱一色。抽籤祈願、メドの伐採、メド作り、メド乗り練習、綱打ちなどなど。祭の当日はそれは華やかですが、それまでの準備はかなり大変なものでした。(もちろん私なんかより大変な人はもっといっぱいいるのですが。。)
でも、この祭の感覚って、実際に参加しないと分からないものですね。祭というものの無い場所で生まれ育った身としては、非常に新鮮で、独特なものを感じ取れました。
ただ、祭の実働部隊である「若者」としてはかなりの高齢の部類に入る身としては、過酷な山出し曳行に伴う全身筋肉痛という洗礼を受けるのは当然のことでございました。また密な接触が多いためか、氏子の間ではこの冬から春にかけてインフルエンザもかなり流行したのですが、ワタクシも2月下旬にA型インフルエンザ、山出し終了後の4月にB型インフルエンザに罹患・苦悶しました。でもまあそれでようやく一人の氏子として認めて頂けたのかな、なんて思っております。


さて、当初はあまり祭に乗り気ではなかったリコマルさんでしたが、4/2の山出し初日、家の近くを柱が通るときに普段着で見物に来たら、友人たちがみんな法被を着て盛り上がっているのを目の当たりに。。
翌日「ど〜しても欲しいんです!」ということで法被を購入し、祭を心から楽しむ姿が見られましたとさ。
祭のある場所で育つ。良いと思います。



現在上社の御柱8本は、里曳きを前に御柱屋敷に安置されています。
この後、上社の里曳きは5/3~5。山出しより曳行距離が短いので、体も何とか持ちそうです。。
距離も短いためゆっくりとした曳航になるようで、勇壮な山出しと異なり、華やかで優雅な印象の祭となるようです。そして最終日の5/5に上社本宮で建御柱が行われます。(前宮は5/4です。)