今年の「信州諏訪」と言えば。。
そう、御柱祭りです。

正式には「諏訪大社式年造営御柱大祭」というもので、数え7年に1度行われる雄大な祭りです。上社の本宮と前宮、下社の春宮と秋宮にそれぞれ4本ずつ、計16本の柱が建てられます。原村は今回「本宮四」の柱を担当することになり、先日4/2~4に山出しが行われました。

山出しとは、綱置場をスタートし途中で穴山の大曲、木落とし、そして川越しなどの難所を経て、約12kmの先の御柱小屋までを曳行することです。ただ本宮四はスタート順で言うと7番目となり、先頭の本宮一の柱より2,3kmほど後ろからのスタートなので、15kmくらいは曳行しているのではないでしょうか。体はきついです。

上社の特徴は「メド」と呼ばれるV字の角が、御柱の前後に付けられることです。ここに氏子が乗って、このメドを左右に揺らしながら進みます。道が狭いとこのメドを揺らす綱(命と呼びます)を長く広げられず、短くほぼ上下に引かなくてはならず、体がきついです。またメドに乗るのは花形であり非常に華やかですが、実際に長時間乗っていると、体はきついです。

写真は木落とし。4/4は朝から大雨でしたが、本宮四の木落としになる頃にピタッと雨が止みました。ただ、足元はドロドロの田んぼ状態でズルズルと滑る滑る。一瞬メドが倒れましたが、それでも無事に難所をクリアしました。

ちなみに木落としの場所を上から見るとこんな感じです。
こんな近くを特急あずさが通っているんですね。



こちらに移住したのが2004年7月。前々回の御柱祭の年でした。地元のケーブルテレビでは、連日大木を引っ張って練り歩く人々の姿が再放送、再々放送で映し出されていて、これはなんじゃろかと思っておりました。

富士見町から原村に移住したのが2010年3月。その1ヶ月後、土砂降りの中、自宅のすぐ近くを人が乗った大木が通って行くのを1歳のリコマルと一緒に見ていました。

そして今回、初めて氏子として祭に参加しました。
年が明けてからはそれこそ御柱一色。抽籤祈願、メドの伐採、メド作り、メド乗り練習、綱打ちなどなど。祭の当日はそれは華やかですが、それまでの準備はかなり大変なものでした。(もちろん私なんかより大変な人はもっといっぱいいるのですが。。)
でも、この祭の感覚って、実際に参加しないと分からないものですね。祭というものの無い場所で生まれ育った身としては、非常に新鮮で、独特なものを感じ取れました。
ただ、祭の実働部隊である「若者」としてはかなりの高齢の部類に入る身としては、過酷な山出し曳行に伴う全身筋肉痛という洗礼を受けるのは当然のことでございました。また密な接触が多いためか、氏子の間ではこの冬から春にかけてインフルエンザもかなり流行したのですが、ワタクシも2月下旬にA型インフルエンザ、山出し終了後の4月にB型インフルエンザに罹患・苦悶しました。でもまあそれでようやく一人の氏子として認めて頂けたのかな、なんて思っております。


さて、当初はあまり祭に乗り気ではなかったリコマルさんでしたが、4/2の山出し初日、家の近くを柱が通るときに普段着で見物に来たら、友人たちがみんな法被を着て盛り上がっているのを目の当たりに。。
翌日「ど〜しても欲しいんです!」ということで法被を購入し、祭を心から楽しむ姿が見られましたとさ。
祭のある場所で育つ。良いと思います。



現在上社の御柱8本は、里曳きを前に御柱屋敷に安置されています。
この後、上社の里曳きは5/3~5。山出しより曳行距離が短いので、体も何とか持ちそうです。。
距離も短いためゆっくりとした曳航になるようで、勇壮な山出しと異なり、華やかで優雅な印象の祭となるようです。そして最終日の5/5に上社本宮で建御柱が行われます。(前宮は5/4です。)


 
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コメント
すみません、地元なのに、ぜんぜん参加していません。
  • by 巨人
  • 2016/04/27 12:03 PM
巨人さんのとこは前宮四?
里曳きは連休ど真ん中ですから参加できるのではないですか?
逆にワタクシの場合、GWはショップに行かねばならないかな。。
ええ、原村のうしろです。本宮四の行列、見させていただきました。木おとし坂のちょっと前で。GWの里引きにはちょっと行ってみます。人多すぎて参加できないかも。。かきいれどきのGW、がんばってください。私は畑します。
  • by 巨人
  • 2016/04/28 1:22 PM
原村は北部・中部・南部で、山出し(綱打場〜子ノ神まで)、山出し(木落とし、川越し)、そして里曳きと、担当場所が毎回変わるんですよ。
我々北部は今回は山出し(綱打場〜子ノ神まで)担当でした。木落としのちょっと前ですと、中綱辺りにいたかなぁ。
木落としの前までは結構な雨が降ってましたよね。。
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